パーンの音楽と自然を描くJ. Donjonの名作
ジョアネス・ドンジョン(Johannès Donjon, 1839-1912)は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて活動したフランスのフルート奏者および作曲家であり、その優れた演奏技術と作曲作品で知られています。「Pan!」は、ギリシャ神話の牧神パーンをテーマにしたフルート曲です。本記事では、この「Pan!」についての背景、楽曲の特性、そしてその解釈について詳述します。
作曲背景と概要
「Pan!」は、ギリシャ神話の牧神パーンをテーマにしています。パーンは、羊飼いの神であり、音楽と自然の調和を象徴する存在として知られています。前回「シリンクスについて」で解説したとおり、パーンはシリンクスの身代わりの葦笛を吹く姿で多く描かれています。
ドンジョンは、このパーンのイメージをフルートで表現しようと、フルートの柔らかく繊細な音色を活かし、パーンが奏でる笛の音や自然の音を音楽で描写しようと試みています。パーンの葦笛からインスピレーションを得て、曲全体に牧歌的で穏やかな雰囲気を漂わせています。
「Pan!」とドビュッシーの「シリンクス」との比較
「Pan!」は、ドビュッシーの「シリンクス」よりも前に作曲された作品です。「シリンクス」は、パーンとニンフのシリンクスの悲恋を描いた作品で、特にシリンクスの内面に迫る作品として解釈できます。一方、「Pan!」は、ドビュッシーの「シリンクス」とは異なり、パーンの恋に対する情熱やシリンクスの悲壮感を感じることはありません。
「Pan!」を聴くと、まるで牧歌的な風景を俯瞰するような音楽が流れます。ドンジョンは、パーンの内面やシリンクスとの悲恋を直接的に表現するのではなく、むしろ自然と調和するパーンの姿を描写しようとしました。この点で、「Pan!」は、情景描写に重点を置いた作品と言えるでしょう。
「Pan!」の正式な題名とその意味
この作品の正式な題名は「Pan!」であり、エクスクラメーションマーク(!)が付けられています。この題名と曲調から察するに、ドンジョンがパーンの性格やその背景を知らなかったとは考えにくく、むしろ、意図的にパーンの内面やシリンクスとの物語を排除し、牧神パーンの持つ音楽的な魅力と自然の美しさを表現しようとしたのではないかと考えられます。
「Pan!」の情景描写
「Pan!」は、パーンが葦笛を吹いている情景を音楽で描写しているように感じられます。この曲を聴いていると、まるで素敵な音色の笛がどこからともなく聴こえてきて、その音色に誘われて辺りを見回すと、そこにパーンが現れるという情景が浮かびます。曲の中には、誰かがパーンに向かって
「Pan! 素晴らしい音色だね!」
と呼びかけて、自然との調和を讃える声が聞こえるような気がしてきます。
このように、「Pan!」はパーンの内面的な葛藤や悲恋の物語ではなく、第三者視点で外面的な風景と音楽の美しさを表現した作品と捉えることができます。
まとめ
ジョアネス・ドンジョンの「Pan!」は、ギリシャ神話の牧神パーンをテーマにしたフルート曲であり、自然と音楽の調和を描写しています。ドビュッシーの「シリンクス」とは異なり、「Pan!」はパーンの恋愛や悲壮感を強調せず、むしろ牧歌的な風景を俯瞰するような情景描写に重点を置いています。正式な題名に付けられたエクスクラメーションマークは、第三者呼びかけとして、俯瞰的(物語の感情を挟まずに)に音楽的な魅力と自然の美しさを讃えるものとして解釈できます。