フルート 齋藤 寛 オフィシャルサイト

劣等感

楽しいことだけをやり続ければ、自然と伸びてくるものでしょう。好きこそものの上手なれですね。どんどんと変わり身をして、楽しいことを追い続けるのもひとつの選択肢だと思います。しかし、何かに打ち込むことでは、必ず「才能」と向き合う日が来ます。優越感に浸って楽しくするのか、劣等感をもって深く潜るのか、そうして結果的に淘汰されていくのでしょう。特に現代は、インターネットを繋げば様々な優れた人たちを見つけることができます。

その世界で活躍している人たちは、みな自信に満ちて見えます。臆することは何も無いようです。

P.L.グラーフ先生のお話を思い出します。私は先生に「今まで劣等感を感じたことはありますか?」と尋ねました。先生の答えは「私は常に劣等感をもっている」でした。この時、半世紀以上音楽界を牽引する巨匠にとって、最も「ない」と思われたものが「ある」ということに、このとんでもない巨匠もまた、同じ人間だったんだと安心したのです。

アドラーの心理学に「過補償」という考え方があります。劣等感を持ち続けて成す事は、いつの間にか秀でて優れたものになる、というものです。これは、ここで得られたすべての経験が共感を呼ぶ表現の深みになると、もがく人にとっては、そう考えることが唯一の救いですよね。しかし、劣等感に苛まれ過ぎるのも精神的によくありませんので、小さな成長に喜びを感じながら、ふとした瞬間の感動を大切にしたいと思っています。

オーケストラや室内楽の学校巡回公演に参加することがあります。コンサートの終わりに、オーケストラの伴奏に合わせて生徒たちが校歌を歌うことがありますが、その歌声に不意に感動してしまうことが多くあります。特別な歌の訓練は受けていないでしょう。歌声でいえば、ウィーン少年合唱団の方が数段上手いものです。しかし、音楽に全力で取り組む大きな歌声は、自分がこの世界に飛び込んだ原点に帰るようで、その純粋さに心打たれるのです。


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