フルート 齋藤 寛 オフィシャルサイト

レパートリー

名曲の誕生には作曲者のそばに名手がいることが多くあります。有名なところでは、ブラームスのヴァイオリン協奏曲の初演は天才ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒムであったり、エルガーはクライスラーのために、ハチャトゥリアンはダヴィッド・オイストラフに書きました。

当時のフルートは扱いにくく、作曲家の要望に応えられるような演奏家が少なかったのかもしれません。

その後、楽器は進歩しベーム式フルートが誕生します。やっとフルートが脚光を浴びる時代がやってきます。ドビュッシー、ラヴェルが活躍する印象派時代です。楽器にキーが実装されたことで、これまで困難な音使いが可能になり、木管から金属管への変更や頭部管の改良で大きな音が出せるようになりました。独奏から室内楽まで様々な場面でフルートの活躍の場が増えました。だからといって万事解決したわけではありませんでした。この時代旧式の楽器とベーム式の楽器が交錯することとなりますが、金属製の楽器を初めて聴いたワーグナーは「暴力的だ」と言って敬遠しました。しかしその後、名手マルセル・モイーズの誕生すると、これまでのフルートの常識を覆すことになります。モイーズはフルートをヴァイオリンに引けを取らない独奏楽器にすることを目指していました。そのためにテクニックを見直し、事細かに体系立てて習得することで飛躍的に広い音楽の可能性を提示することに成功したのです。イベールはモイーズのために協奏曲を書いています。

この時期を堺に、世界のフルート奏者は増え始めました。ソロ楽器としての魅力が増したためでしょう。そして現在の繁栄があるのです。

しかし、私たちはレパートリーが少ないと嘆いてしまいます。それは、古典派からロマン派の事を指すわけですが。

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