これは、私の師であるグラーフ先生のおそらく最後の発信です。
その主題が Espressivo(エスプレッシーヴォ) であったことに、私は大きな意味を感じています。
Peter-Lukas Graf 氏のYouTube上の発信
この発信を見たとき、私はレッスンの時に先生がよく仰っていた言葉を思い出しました。
“Make it clear.”
曖昧にしないこと。
なんとなく雰囲気で吹かないこと。
自分が何を表現しようとしているのかを、まず自分の中ではっきりさせること。
今思えば、それはまさに Espressivo の先にあるものを、自分の中で明らかにするということだったのだと思います。
Espressivo は「表情豊かに」だけではない
Espressivo は、一般的には次のように理解されています。
- 表情豊かに
- 感情を込めて
- 歌うように
もちろん、それは間違いではありません。
しかし演奏者にとっては、それがしばしば具体的な奏法に置き換えられてしまいます。
ヴィブラートを多めにかける。
音量を膨らませる。
テンポを少し揺らす。
フルートを吹く私たちにとって、これらはとても身近な手段です。
けれども、グラーフ先生はそこで立ち止まります。
では、ピアニストにヴィブラートをかけて弾いてくださいと言えるのか。
この例はとても象徴的です。
つまり Espressivo とは、フルート特有の技術指示ではありません。
ヴィブラートの量や、音量の変化や、テンポの揺れそのものを意味しているのではないのです。
それはもっと根本的な、音楽的理解の問題なのです。
楽譜は、まだ音楽ではない
多くの演奏者が、まず大切にしていることは「楽譜を正確に読む」ことでしょう。
音高を間違えないこと。
リズムを正しく取ること。
強弱やアーティキュレーションを守ること。
それらはもちろん、とても大切です。
しかしグラーフ先生の話は、その先へ進みます。
楽譜には多くのことが書かれています。
けれども、それだけではまだ音楽にはならない。
音高、リズム、強弱、アーティキュレーション。
それらをどれほど正確に再現しても、そこに内的な意味がなければ、音楽はまだ生きたものにはならないのです。
Espressivo という言葉は、作曲家が「ここから先は記譜だけでは届かない」と認めている場所でもあります。
言い換えれば、Espressivo とは、
作曲家が演奏者に想像力を求めている印
なのだと思います。
「書いてある通りに吹く」の先にあるもの
私たちはよく、「楽譜に書いてある通りに演奏しなさい」と言われます。
これはもちろん正しいことです。
勝手に変えてよい、という意味ではありません。
けれども、本当に大切なのは、ただ書いてあるものを再現することではなく、
書かれているものが何を意味しているのかを理解すること
なのだと思います。
ここでなぜこの音なのか。
なぜこの強弱なのか。
なぜこの場所に Espressivo と書かれているのか。
その問いに向き合わずに、ただ「表情豊かに」と処理してしまうと、Espressivo は単なる装飾になってしまいます。
けれども本来、それは装飾ではありません。
その場所にふさわしい特別な表現を、演奏者自身が見つけるための言葉なのです。
Espressivo は、演奏者への問いである
Espressivo には、決まった答えがありません。
いつも大きく吹けばよいわけではない。
いつも甘く吹けばよいわけでもない。
いつもヴィブラートを増やせばよいわけでもない。
ある場所では、静けさの中にあるかもしれません。
ある場所では、音色の変化の中にあるかもしれません。
ある場所では、ほんのわずかな間や方向感の中にあるかもしれません。
だからこそ、Espressivo は演奏者に問いを投げかけます。
ここで何を感じるのか。
この音に、どんな意味を与えるのか。
あなたは、この音楽を本当に理解しているのか。
そこには「こう吹きなさい」という答えは書かれていません。
だからこそ演奏者は、考え、感じ、音にしなければならないのです。
そしてその瞬間に、楽譜はただの記号ではなく、音楽になるのだと思います。
人間が音楽をするということ
現代では、コンピューターでも楽譜に書かれた音をかなり正確に再現することができます。
音高も、リズムも、テンポも、強弱も、ある程度は処理できます。
しかし Espressivo は、そこに残された最後の人間的な領域なのではないでしょうか。
なぜなら Espressivo には、理解が必要だからです。
想像力が必要だからです。
そして何より、その音楽に対して自分がどう向き合うのかという、人間としての判断が必要だからです。
グラーフ先生の最後の発信がこのテーマであったことを、私は偶然とは思えません。
それは、先生の音楽から私が感じてきたすべてが、この言葉の中に凝縮されているように思えるからです。
エスプレッシーヴォとは、感情を上乗せすることではありません。
ヴィブラートを増やすことでも、テンポを自由に揺らすことでもありません。
それは、その場所にふさわしい特別な表現を、演奏者自身が見つけることです。
楽譜は多くのことを教えてくれます。
しかし、すべてを語ってくれるわけではありません。
Espressivo と書かれた瞬間、作曲家は演奏者に問いを投げかけています。
あなたは、この音楽をどう理解しているのか。
エスプレッシーヴォとは、音楽において人間が人間であるための場所なのだと思います。
※本記事は、
ペーター=ルーカス・グラーフ氏のYouTube上の発信
をもとに、筆者自身の経験と考察を交えて再構成したものです。